りんご酢のにおい

 

アオスジアゲハの幼虫を殺してしまった。

 

1匹、葉に掴まる力が弱く、餌も食べずにじっとしていた。時々苦しんでいるように身体をくねらせる。

 

調べると脱皮前の行動らしかった。脱皮をなかなかしないので心配になって小さいケースに移し、そばに置いて様子を見ていた。

 

ライトで照らしながら観察していたが、横着して飼育ケースの上にスマホを渡して置いた。するとガタンと音を立てて滑って、スマホが幼虫の上に落ちた。

悲鳴が出た。幼虫は助からないとすぐに分かった。

祈る気持ちでスマホを持ち上げると、体液の甘酸っぱい匂いがむわっと立ち上った。幼虫を見ると、おしりから内臓を出しながら頭だけ動かして苦しんでいた。スマホの重さに柔らかい幼虫が耐えられるわけがなかった。残酷なことをしたと心から悔やんだ。

 

 

エサはタブの葉を与えていた。だからタブの木の根元に埋めてやろうと思った。ティッシュに乗せて幼虫を運んだ。幼虫の体液は一部黒ずんで、からすの濡羽色のような綺麗な黒に変化していた。アゲハになる準備をしていたのかと思うと殊更に申し訳ない気持ちになった。そっとしておいてやれば幼虫はちゃんと自分で脱皮し、餌を食べ、蛹になっていただろう。心配だからといって変に世話を焼いたから。私が余計なことをしなければ。本当にすまない、ごめんなさいと呟きながら土に埋めた。

 

 

家に帰ってベッドに寝転んだ。リンゴ酢のような甘酸っぱい匂いがまだしていた。何かの拍子でシーツに幼虫の体液が付いてしまっていたらしい。

横になって、ぼうっとその匂いを嗅いでいると、恨めしそうな、苦しそうな頭の動きを繰り返し思い出す。飼育ケースの中で、タブの葉を大人しく食べ静かに生きていた無垢な幼虫。緑が透き通って綺麗な身体を、いっしょうけんめい動かしていた。びっくりして、苦しかっただろう。

シーツを洗いたかったが、午後からは雨予報だった。先週梅雨入りしたばかりだ。我が家には乾燥機は無い。洗濯はしばらくお預けになる。

 

もう来年からは、幼虫を捕まえてきて羽化させようなんて考えるのはよそうと思った。自分に生き物を飼う資格はないと改めて思い知らされた。